花み屋のリアルとフィクション

花を観察している大学院生のフリースペース

とある農民の物語(後半)

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「私が死んだ次男のことを考えなくなって数年経った頃、一人の青年が私の家の前で行き倒れていた。畑に出ていた私と長男は夕方になって畑から帰ってきたときに、その青年が道端に転がっているのを見つけ、家の中に運び込んで、妻を呼んだのだった。青年は水を飲むと、すぐに回復した。どこに行く途中だったのかと尋ねると、特に行き先はないのだが、旅をしているのだと答えた。私は死んだ次男が生きていれば、このくらいの歳だろうかとふと考え、しばらく家に泊まるように言ってみた。それには妻も賛成した。口にこそ出さなかったが、妻も私と同じことを考えていたのだろう。

 彼は不思議な青年だった。菜っ葉類は食べるのだが、魚は一切食べなかった。水はおいしそうによく飲むが、野菜しか食べないのだった。彼は私と私の長男と畑に行き、大根にたくさんアオムシが付いているのを見つけ、食事と布団のお礼にアオムシをこの大根畑からいなくならせてあげましょう、と言った。ちょうどその頃、私たちは大量のアオムシに頭を悩ませていた。だから、私と長男はアオムシ取りをしてくれるのだと思って、嬉しくその申し出を受けた。しかし、彼はそのままその場で座り込んだと思ったら、もごもごと何やらつぶやき始めた。私が不思議に思って耳をすますと彼は、ここにいちゃダメなんだよ、と繰り返していた。私はその場に固まった。私の頭の中にはアオムシを優しくつまむ一人の少年の姿があった。青年は夕方までその場を動かず、帰ろう、と私たちが話しかけてやっと腰を動かした。その翌朝、青年はお世話になりました、と言っていきなり出て行こうとした。私は手土産に何か欲しい物はないかと聞いたが、彼は、じゃあ、大根を一玉くださいとだけ言って、それを抱えたまま道を歩いていってしまった。

 長男は青年が去っていくのを見て、変わった奴だ、とこぼしていたが、私たちはその日、畑に行って驚きの声をあげてしまった。その大根畑からはアオムシが一匹残らず消えてしまっていたのだった。青年は言った通りにアオムシをいなくならせたのだ。その後、どれだけ経ってもアオムシが畑に現れることはなく、青年の姿を再び見ることもなかった。

 歳をとって、妻もなくなり、畑に出るようになった孫の顔も拝んだ私はその青年にどこかで会えないものかと思ってここまでやってきた。やはり今のところ、会うことはできていない。子供たちの反対を振り切ってここまで来た私の旅は傍から見れば、ばかげているのかもしれない。しかし、時間が経てば経つほど私は幸せだと思えるのだ。ほんの二、三晩、寝食を共にしただけだが、何者であったにせよ、私にとって彼は死んだ息子なのだ。今まで妻、子供、孫、その他様々なものにも恵まれて生きてきた。いつどこでこの身が朽ちるのかを知る術(すべ)はないが、私は今ここで、この話をできて本当によかったと思う。

 今幸せで、それが嬉しくてたまらないのだ、私は。」

 

岐阜高校 文芸部 部誌掲載(2010年 夏)