花み屋のリアルとフィクション

花を観察している大学院生のフリースペース

松 第4話

 智之が一階に降りていくと、ちょうど居間からショウコが出てきた。

「おはようございます」とショウコが笑顔で挨拶をする。

 智之は挨拶を返しながら、昨日の無表情と打って変わったショウコの笑顔が気になった。しかし、先ほどの首に巻き付いていた髪のせいで妙に疑り深くなっているのかもしれず、自分に確信が持てない智之は何も言わなかった。

 智之は朝食を作り、ショウコと自分の前に並べた。ショウコはそれを見つめていたが、食べようとしない。智之は、自分が席に着くのを待ってくれているのかと思ったが、彼が食べ始めても、ショウコは全く手を付けようとしない。智之が食べるように勧めても、ショウコは、

「お腹空いていないんです」と言って、一切食べようとしなかった。

「でも、君、顔色が悪いよ」と智之は言った。

 実際、ショウコの顔は血色が良くなかった。しかし、ショウコは、それを否定し、朝食を食べなかった。智之もそれ以上勧めるようなことはせず、一人で二人分食べた。

 智之が朝食を終えた後、二人は何をするでもなく、居間にずっと座っていた。ふとショウコが窓の外を指さして言う。

「あそこには、ついこの間まで、松の木がありましたよね」

 単調な言い方だった。智之は、その事実をなぜ、彼女が知っているのかと訝しく思ったが、窓の外を見ると、庭には松の葉が散らばっていて一目瞭然だった。

「綺麗でしたか?」と、ショウコが智之の答えを待たずに聞く。

 智之は、外を見るショウコを見て頷いた。日の光に当たっている彼女は松の美しさを思い出させる。

「僕は好きだったな」と智之は言った。

 ショウコは窓から目線をずらし、

「なら、どうして切ったのです?」と智之を見ずに尋ねる。

 智之は何と言えばよいのか分からなかった。増築などくだらない言い訳に思われた。しばらくの間を置いて、智之は言った。

「君はあの松に似ているよ」

 ショウコは咄嗟(とっさ)に立ち上がった。怒りとも言えるような眼差しで智之を睨む。

「貴方は昔の貴方に似ていないわ」

 ショウコはそう言って、部屋を出て行った。しばらくの間、智之の思考は停止していた。今、出て行ったショウコの言ったことが理解できなかった。彼女が自分の幼い頃を知っているとは予想していなかった。昔、彼女とどこかで会っているのだろうか、と何度も昨夜、考えたのに。

 

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